起承転結の転



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「んー……お前さ、身から出た錆だろ、それは」
「よくそんな言葉を知っているな」
「こないだ嬢ちゃんに教えてもらった」
「……そうか」
「まぁ、知らない振りやら誤魔化しやら、小器用なことできねぇのがお前らなんだろうけどな。
少なくともボウズよか訳分かってるお前が、んな宙ぶらりんの状態じゃどうもこうもねーだろ」
しばらく沈黙が続いた、マルボロの煙が港をさまよう風に吹き散らされていく。
「そうだな」
やがて立ち上がったアーチャーの表情は、妙にすっきりとしたようなものに変わっていた。
「悪かったな、つまらん話に付き合わせた」
「いんや、そうつまんなくもなかったぜ?」
腰を払って立ち去ってゆく後姿を見送り、
その姿に士郎の背中の残像を見てランサーはおかしげに笑った。
「俺からしたらどっちもガキなんだよな、ったく馬鹿野郎が……」
シャツの裾がはためいて鳴る。
港の風はますます強さを増してゆくようだった。


俺の知らないお前がいるように、
「む」
お前の知らない俺がいること。
そんな当たり前のことに、不機嫌な顔をしないで欲しい。
「学生がこんな時間に外出など、感心できることではないな」
兄貴でも家族でもないくせに、さ。
しゃくだけど、頭をグシャッとかきまわされるのは、我慢してやった。
「合コン、慎二に数合わせ頼まれたんだよ」
白状すると意外そうな顔をした。
外灯の下、深夜の公園。
「なんだよ、変な顔して」
「いや、そう言われてみれば、常よりは幾分色気のある格好をしていると思った」
失礼なことを言って、値踏みするように上から下まで眺められた。
別に、デニムを少しばかりいい奴に変えて、襟つきシャツにタイを結んで、
コートに革靴、帽子を乗っけりゃ出来上がりだ。
アーチャーの言いようでは、普段俺が相当ひどい格好をしているようにしか聞こえない。
「健全な学生さんだから、アルコールは入れてない」
「当たり前だ、馬鹿者」
スーパーの袋で頭をこづかれた。
「それ、なんだよ」
尋ねると初めて意識したかのような素振りで、
手にした袋を目線の位置まであげて見せた。
「藤村一家からの差し入れだ、一人所帯ではなかなか消費しきれん」
さもさりげなく言うけれど、言い訳なのは分かってる。
「随分沢山もらったんだな?」
「ああ、そうだな」
しれっととぼける態度は、まだこいつの方が上。それは認める。
「ちぇ、まあいいや、家くるんだろ?泊まってけよな」
「そしてまたへたくそな修練の付き合いをやらされるわけか」
「布団代だよ」
笑って二歩三歩先をゆく。
ふと振り返ると、じっとこちらをみていた瞳とかち合った。
「なんだよ」
「いや・・・・・・」
否定したくせに、マフラーを取ると俺に巻いた。
「なんだよ」
「自覚もないのか馬鹿者め。顔色が悪い、今夜の修練は休め、家事もだ」
一方的に宣言して、先を歩き出す。
そんなに具合が悪く見えるのだろうか?
自分では気がつかなかったけれど。
マフラーは暖かい。
先週俺が、押しつけたオレンジ色のマフラー、使ってくれていた。
「待てよ!あのさ、合コンのこと、みんなには秘密に・・・・・・」
無言で先を行くのは、置いて行かれているのではなくて、ついてゆくことを信じてくれているから。
それを知ったのは夏。
あれからまたいくらか時は巡った。


これは、秋の終わりの物語。


背中で笑うなんて、器用なことをする男だった。
「服の洗濯を、こっそり済まそうってのはいいアイディアだったと思うけどね」
「スニーカー派の先輩が、革靴を磨くなんて珍しくって、
つい兄さんに聞いてみちゃったんです・・・・・・ふふふ」
冥福を祈るぞ慎二、俺も間もなくそっちに行く羽目になりそうだが。
「つ、つまりシロウは昨晩その・・・・・・
合コンというものに出席して、女性と会ってきたのですね・・・・・・」
語気を荒げるでもなく、
しかし彼女の深い瞳に見つめられながら言われると、自分が極悪人に思えてくる。
ソノトオリデスゴメンナサイスミマセンデシタモウシマセン。
・・・・・・なんで俺、謝ってるんだろう。
しかし俺を取り囲む女性陣の迫力は有無を言わさない。
約束をした男は確かに一言も漏らしはしなかったが、フォローも一切なしだ畜生め。
無言で台所に立っているが、その広い背中だけで背後の事態を嘲笑するという、
実に器用な真似を先ほどからしているのだった。
「別に合コンを怒っているわけじゃないのよ、衛宮くん?」
「数合わせに呼ばれたんですよね?
それならどうしてアルバイトだって嘘つかなきゃいけなかったのかしらって質問してるんですよ」
「後暗いことなど何もなかったというのなら堂々と表から帰ればいいものを、
こそこそと勝手口から入るような真似をなぜしたのか、説明できますね?シロウ」
だ、ダレカタスケテクダサイ。
背後の男は何も言わない。確かにフォローを要求する権利はないが、だったら席を外せよな陰険野郎。
「さてと、あのね衛宮君、私たちが何でこんなに、時間をかけているのかわかる?」
「私たち、先輩のことが大好きなんですよ、だから、あんなことしたくないんです」
「なのでこうして、シロウの自発的な証言を求めているのです。
頼みますシロウ、私にもうあのようなむごい仕打ちはさせないでください」
「ね、セイバーもそう言っているでしょう」
お前たち、慎二に何をした。
壁際に追いつめられ、ほとんど人生最大のピンチを迎えた俺に、やっと助け船が現れた。
「さぁ、そこまでだ、夕飯の片づけを始めさせてくれないかね?」
「しかしアーチャー、こういった問題はきちんとその場で処理しなければ、後に遺恨を残すものです」
処理って何だ、処理って。
「この馬鹿者は昨夜から風邪気味でね、おそらく天罰だろう、それで手を打ってくれ」
そう言われてしぶしぶながら遠坂たちは引き下がってくれた。
心の中で手を合わせて居間を抜け出そうとすると、ばさりと頭の上にドテラが降ってきた。
「何・・・」
「顔色が悪い」
「え?そんな・・・別に調子は悪くないぞ、俺」
「自覚しろと言ったろう、馬鹿者」
「いらないって」
「いいから着ろ」
襖を隔てて言い合っていると、あきれた声がした。
「もう、そうしてると本当に兄弟みたいね、あなたたち」
「本当ですよ、夏からずっとなんですから」
「ええ、実にほほえましいものです」
女子の評価にあわてて逃げ出した。


『兄弟みたい』
それは今年の夏から、事あるごとに下されるようになった周りからの評価。
身に覚えがありすぎて、恥ずかしいったらありゃしない。
「修練は今日も休め」
「昨日もサボってるから、今夜はやる」
慌てて土蔵に逃げ込んだ。
心配し過ぎなんだよ、バカ。
飛び込んだ土蔵は確かに寒い、ドテラは大げさだろうと思ったけれど、
これが無ければ本当に風邪をひいていただろう。
俺はまだドテラを出した憶えはなかったから、あいつが先回りして用意していたことになる。
「まめっつーか、世話焼きというか……」
誰も居ないのに、虚空に言い訳をしてからいつもの場所に腰を据えた。
そうすると目の前に一人分の床が残る。
いつもあいつがそこにいるからだ。
今夜は空いているそこ、もうしばらくしたら来るだろうか、
来て欲しいのだろうか。
自分の思考に一瞬ひやりとして、慌てて目を閉じた。


そして夜半、アーチャーは土蔵の床に転がる士郎を見下ろしてため息をついた。
戻るのが遅く、こんなところだろうと思っていたが、的中した。
「全く、馬鹿は風邪をひかんだけまだましだ」
額に浮かんでいる汗とどこか苦しげな寝顔。
まだひき始めだろうから、ゆっくり寝かせればいい。幸い明日は休日だった。
転がっている身体を手近にあった毛布で包んで抱き上げると、
その拍子に半ば意識が戻りかけたのか、うっすらと目を開ける。
「馬鹿者、寝ていていいぞ、明日は……」
「……違うんだアーチャー」
かすれた声が囁いた。その響きはひどく追い詰められているかのようで、足を止める。
顔を覗くが、熱に浮かされた瞳は焦点が合っていない。うなされてのうわ言か、それとも、
「違う……」
もう一度呟いて、瞳は閉じた。
浅く呼吸する身体を抱きしめたまま、アーチャーは暗闇の中でその言葉の意味を探っていた。


翌日、起きるなり一日の療養を命じられて士郎はお冠だった。
とりあえず身体を温めるものをと、アーチャーは根菜を刻んだものを中心としたおじやを作り士郎の部屋に持参したが、
布団に潜って顔も出さない。
「いい加減にしろ、いい年をした男がやったところで私が苛立つばかりだ」
「それで十分だっての」
やっと布団から顔を出したが、睨んでくる視線は潤んでいて迫力などまるで無い。
額に手を当て、次に首を確かめる。熱は引いたようだった。
「まだ少し頭痛いけど、明日には平気になる」
「ならさっさと食べてもらおうか、冷める」
問答無用で突きつけられるレンゲに、湯気を立てたおじやが掬ってある。
それは非常においしそうなのだが。
「コレを食えと?」
「ああそうだが?」
嫌味な笑顔で返したアーチャーは、レンゲを士郎に渡すつもりは全く無いらしい。
「誰がやるか馬鹿!寒気がする!」
「風邪のせいだろう」
そう嘯くと、何やら「ああ」と合点した顔をした。
「ああ、すまなかったな、私としたことが気が付かなかった」
そう言って湯気を立てるレンゲにフ〜ッと息を吹きつけ、満面の笑みを湛えると、
「あーん」
「馬鹿にすんなー!」
痛む頭をおして士郎は身体を起こし、くって掛かろうとする。
潮時と判断したアーチャーは、土鍋を畳みに降ろし士郎の繰り出してきた気の入らない拳を受け止める。


そうしてふと、思い出した。


忠告を聞かずに風邪をひいたことを「違う」と言い訳していたのかと思っていた、昨夜のうわ言。
それをふと、確かめてみようかと思い、なおもボディに食い下がる士郎を引き剥がしてレンゲを与えた。
落ち着いたところを見計らって尋ねる。
「夢を見たか?」
「ん」
「昨夜、夢を見たかと聞いているんだ」
唐突な問いに、士郎は記憶を探るように視線を空に泳がせた。
やがて微かに、しかし確かに、その口元が引き結ばれたことをアーチャーは見逃さなかった。
「思い出したか」
「お前も見たんじゃ、ないのか?」
上目遣いで様子を伺う士郎に、アーチャーはしかめ面をした。
「あの時は偶然波長が合っただけだ、好き好んで他人の夢をのぞき見る趣味はない」
それを聞いて、明らかに士郎は安心したようだった。
「いや、見たけどさ、アレは単に前のことを……」
その時、
「もう、またじゃれてるんじゃないわよ」
「先輩、お加減いかがですか?」
二人が顔を覗かせる。セイバーの姿もあった。
言いながら室内に雪崩れ込んで来る三人娘に、アーチャーはそれ以上の追求を諦めた。
「ただの風邪だがな、治りかけが一番移りやすいから注意してくれ」
それだけ言い置いて立ち上がり、入れ違いに襖へ向かう、


「本当に、兄弟みたいなんだから」


擦れ違いざまに、凛が放った言葉。
それが瞬間、妙に心に引っかかった。
「どうかした?」
「……いいや」
廊下を台所に向かいながら考える。
そういえば、「兄弟のよう」と最初に言い出したのは誰だったろうか?
凛が帰国後に言い出しのがはじめか……いや、違う。
たしかアレを言い出したのは……。
そして予感に過ぎないが、士郎のうわ言も、先ほどまで自分が予想していた意味とはきっと「違う」のだ。
アーチャーはそう結論付けた。
瞬間彼はひやりと胸を過ぎる予感を捕らえた。
それは士郎と同じ、けれど彼は、


彼は士郎よりほんの少し大人だったから、それを確かめずには居られなかった。
そして彼は、港に向かったのだ。


「ねえ、士郎、アーチャーと何を話してたの?」
「いや、たいしたことは話してない。ただ、夢のことを……聞かれただけだ」
「ふうん」
レンゲを齧りながら、どこか上の空で答える士郎の様子を、凛はじっと見つめていた。


翌日、アーチャーが衛宮邸に姿を現すことは無かった。
その翌日も、そしてその次の日も。
指折り数えて、もうかれこれ一週間アーチャーの姿を見ていないことに気が付いて、士郎は驚いた。
夏休み以降、アーチャーとは二日と開けず出会う日々が続いていた。
考えてみれば商店街や新都をはじめ、遠坂邸やランサーのお気に入りである港、
また教会など、アーチャーと士郎は行動範囲が重なるのだ。
お互い意識していなくとも、一週間に何度かは姿を見かけるはずだ。
(少なくとも春まではそうだった。夏からはあいつが家に来てて……)
「どうした衛宮、気分でも悪いのか?」
「あ、ああ、そう見えたか?」
「心ここにあらずといった様子だったぞ。先週体調を崩したのだろう、無理をするな」
「衛宮が二度も風邪引くってのが、今年がいかに異常があらわしてると僕は思うよ」
「なんだそれは」
「だって言うだろ…」
一成と慎二のやり取りを聞きながら、悪い予感が胸に広がってゆくのを感じていた。
でも違う、「違う」のだ。だってあの夢は昔の、


そう思った、いや、そう願ってずっと見えないフリをしていたのかもしれない。
だってその瞬間士郎は気が付いたのだ、気が付いてしまったのだ。


ザッと音を立てて、士郎の頬から血の気が引いていった。
「慎二、もうどのクラスもホームルームは終わってるよな」
「そりゃそうだろ、もう何時だと思ってるんだよ……あー、でも来週から三者面談だろ、
その日程調整してるクラスならまだ残ってるかもな」
「そっか、ありがとうな。ちょっと用事思い出したから、今日は二人で帰ってくれよ」
「「なんでこいつと」」
奇しくも台詞をかぶらせた二人を置いて、士郎は廊下に出た。
昇降口に向かう人の流れに逆らって進み、A組の教室を覗くとそこに彼女はいて、
「よく来たわね」
「俺が来るの、知ってたのか?」
「大体ね、予想はしてたの、みんなね」
「じゃあ……」
「“そう”よ」
それは、酷く残酷な通知だった。
彼女は視線を落とす。
「アーチャーは先週ランサーから聞いたんですって……
ごめんなさい、もっと早く気が付いているべきだったのに、そのときにはもう、貴方たち……」


まるで恋人同士のようだったと、彼女は悲しそうに微笑んだ。


項垂れて戻ってきた士郎の様子に驚いた一成と慎二の質問を士郎はほとんど受け流し、
適当に返答していたその結果、いつの間にか陸上部の三人と一緒に新都に遊びに行くことになっていた。
「意外と衛宮、メンタル面軟弱だなー」
「蒔寺、君はこの間壊した部の備品についての話が出るだろうから、少しは心配したほうがいい」
「でも、もう受験まであと少しだもの、三者面談、緊張しちゃうよね」
来週の三者面談を前に落ち込んでいると判断されたらしい。
「ま、こういうときはパーッと遊んで、それから考えるのが一番一番」
「今回ばかりは間桐に賛成だ、衛宮はたしか春頃もストレス性の体調不良だったからな、
余り思いつめずに、今日は気晴らしをしたほうがいい」
一成にさえそういわれるほど、士郎は酷い顔をしていた。
新都のボーリング場へ行くことになり、
その後はファミレスで進路を中心にグダグダと会話をするという、学生にありがちなパターンを一通りこなす。
その間も士郎はともすれば考え込んでしまったが、慎二のフォローは流石に場慣れたものだった。


そしてその帰り道、バスの中で士郎は、はっと顔を上げた。
「どうした、衛宮」
「知り合いでもいたのか?」
「ああ……」
姿を見たわけではない、でも今確かに。
ふっとそれが遠ざかるのを感じて、強く思った「行くな」と。
「ゴメン、ちょっと次の停留所で降りる。
今会いたいやつ、さっき歩道で見かけたから、追っかけたら間に合うかもしれない」
突然のことに驚いている二人に、今日はありがとうと礼を言って士郎はバスを駆け降りた。
(ああ、やっぱり、いる)
「向こうか……」
それははっきりと感じられた、「行くな」の言葉に律儀に待っているのだろう。
向かって走り出す。
こめかみの痛みは近づくにつれて強さを増してゆく、はっきりと、それが悲しかった。


そこはいつかの公園だった。
外灯の灯りの輪の中に一人ぽつんと立っている。
「アーチャー」
「久しぶりだな」
そう言って何やら思案する様子だった。
俺も、視界がぐるぐる回ってぶっ倒れそうな身体をなんとか支えながら、何を言えばいいか言葉を探した。
「身体は?」
「俺は平気だ、お前こそ……」
「そのわりに、酷い顔色だ」
そう言って男は、皮肉っぽく笑って見せた。
決してこちらに近づくことは無く、じっとこちらを伺っている。
昔俺が憧れたと言ったことのある、孤独なスタンスは、内心を悟らせないためのポーズなのだと、知ってから好きになった。
それなのに、いつか気が付いていた。
最初は軽い頭痛、それから眩暈と、それは日に日に深くなっていった、
「兄弟」という言葉への違和感と同じに。


「兄弟という言葉で、気持ちを誤魔化せるものならそうしたかったの」
それは遠坂なりの、
「ランサーにも少し話していたわ、このまま事態が進めばどうなるのか、
サーヴァントの側からの考えを聞きたかったから……アーチャーが素直に話すはず無いものね」
精一杯の対処だったのだろう。そのお陰で、俺たちは一緒に居られた。
お互いに目を逸らしあって、本当のことから。
「最初は驚いたけれど、士郎もアーチャーも、とても幸せそうだった、だから、言えなかったの、ごめんなさい」
遠坂が謝る理由なんて何一つ無かった。


「……確かに異常だな、まごうことなき自分自身への恋など、昔の水仙花ならともかく、私とお前では、ありえない」
ありえないはずだったのだ、なのに、それは、それこそ犬にでも噛まれるかのように突然に。
「お前、身体は大丈夫なのか?」
やっと、一番尋ねたかったことを喉から絞り出した。
「お前の予想通りだ。気付いてしまえば、現界したままでお前とこうして向き合うのは少々辛い」
「ごめん、俺が……」
「謝るな、私たちはお互いに、謝るようなことなどひとつもしていないだろう」
それは酷く遠まわしな、お互いの気持ちの肯定だった。心のどこかが安堵して、同時に叩きつけられるような頭痛で視界が揺れた。
「アーチャ……」
倒れこむ俺に手を出しかけて、その手を悔しそうに引いた。


「もう、いいかしら」
遠坂の声がして、複数人の駆け寄ってくる足音が地面を通して伝わってきた。
抱き上げられ、顔を覗かれている。名前を呼ばれた?耳鳴りが酷くてもう聞こえない。
擦れる視界の向こうで、遠ざかって行く人影にたった一つ伝えたかった言葉を口に出そうとしたけれど、その前に意識は落ちた。


夢を見た、
アーチャーの姿に駆け寄ろうと足を伸ばした途端、割れるように痛む頭と乱高下する体温に倒れこむ自分を見ている。
それはあの春の再現に過ぎないと思っていた、思おうとしていた。
けれど自分は、気が付いてしまったのだ、
その首に巻かれた、オレンジ色のマフラーに。


一人ぽっちの背中が、目に焼きついた。
それは秋の終わりの物語。





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