小話



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雪の降る日


雪が空から音もなく
後から後から、


「よく降りますね」
急な雪に、シャッターを下ろした店の前に、男が二人。
「この街は毎年こんなに降るんですか?」
くたびれたコートの男は降り積もる雪に目を細めている。
「いいえ、この街の冬は総じて温暖です。今日だけでしょう」
「・・・神父さんですか」
「ええ、信者にひとり死人が出ましてね。」
踵まで伸びる黒いダウンの裾から、ストラの端が覗いている。
「ああ、今日は日曜でしたね。お忙しいんですね、ミサもゆっくりしていられないなんて」
「務めですから」
人気の無い商店街のバス停で、男二人は沈黙を埋めるための会話を繰り返す。
「あなたは・・・ご旅行ですか」
「ええ・・・旅行の下見にきました。暖かいと聞いていたのにねぇ、今からホテルに逃げ帰るんです」
笑って傍らのトランクを示した。
「雪は珍しいですか」
「いえ、雪ばかりの国から来たんですよ」
「ほう」
神父は目の色を少し緩めたように見えた。
「私も、若い頃はずいぶん飛び回りましたよ」
「そうなんですか?」
「ええ、若気の至りですよ。ありもしないものを探しに世界を巡りました」
「はは、私も似たようなものです」
コートの男も笑う
「今は妻と娘がいるものですから無茶もできませんがね」
「ほう、では本番の旅行はご家族で?」
「いえ、仕事なんですよ。家族は連れてきたくないんですが、二人ともうるさくて」
「それは大変よろしい・・・あなたのご家族に、加護がありますよう」
「ありがとうございます」
そういってコートの男はトランクを手にした。
雪の向こうから、バスの姿が夢のように現れる。
タラップを上りかけて、ふとコートの男は振り返った。
「・・・探し物は見つかりましたか」
問いかけに、神父は笑った。
「いいえ・・・しかし近々チャンスがあるようです」
「そうですか。奇遇だな、僕もです・・・お互い運があるといいですね」
では、と男は去り。
神父もやがて来たバスに乗って去っていった。


バス停に残った足跡も、交されたはずの言葉も何もかも
雪は静かに埋めてしまい、後には何も残らなかった。




アングラー頂上決戦 part1


港の風が心地良い。
こんな良い日和なのにね、空がこんなに青いのにね、どうして俺はこんなことしてんのかな?
・・・それは生活のためです、食費を一円でも浮かしたいのです。
自分で答えて涙が出ちゃう、男の子でも辛い物は辛い。
目の前では尋常でない釣気(魚を釣ってやるぞー!と言う気合いのことらしい、藤ねえが言ってたことだから真偽は知らない)を発しながら釣りにいそしむ、赤・青・金ぴかの三英霊。
ああ神様、うちの食費を救って下さい。
と、祈っていたら、神様じゃなくて悪魔がやってきた。


「おおーーーい!」
振り返ると、みためかなり異常だがもう慣れてしまった知り合いがてくてく歩いてくる。
全身の刺青を魔術で目隠しして、絶賛ニート生活満喫中のそいつは、
「何してんのアンタ、もしかして暇人仲間?」
期待に満ちた瞳で俺の真似して隣にしゃがむ。
「残念だが違う、そう見えないだろうけど絶賛労動中」
「えーー」
不満気にぶーたれて、ゲーセン行こうよう、新しい機種入ったんだようと袖を引いてくる。
「許せアンリ、これも日々のたつきの為なんだ・・」
「・・てゆーか労働って何?さっきから座ってるだけじゃん」
そー見えるだろうよ、だが心せよ、目に見えるものだけが真実ではないのだよっっ!
「ふんふんつまりあの青いのと赤いのと金ぴかの釣り決戦を見届けて、釣った魚を根こそぎ持って帰ろうってわけねー…ねーねー一言言わせてもらっていい?馬鹿じゃね?」
ヴェルグアヴェスタで勝手にこっちの都合を覗いた上にこの暴言である。まったくバゼットはどういう躾をしているんだろう。
「…バゼットは仕事が楽しそうで構ってくんない」
…そう不満そうな顔をされても困るのだが、こっちも生活かかってるんだし。
込み上げかけた仏心を押し殺し、赤・青・金ぴかの三名に注目する。
…現在膠着状態、つーか海べた凪、魚の気配0。
うわぁぁん神様助けて下さい、このままじゃお腹を空かせたライオンと虎に何をされるか分かりません。
「なー士郎」
「なんだよアンリ」
「つまりさ、あんたは魚が手に入れば良いんだろ?」
背後のアンリを振り返る。
「そりゃそうだけど」
「それならさ、俺が釣る」
「お前が?」
そういうと、マナーの悪い釣り人が捨てていったらしい釣り針付きの糸を拾ってきた。
「なんかあるか…?ああ、これでいいよ」
勝手にスーパーで買い出ししてきた物を漁ると、ちくわを取り出した。
「…釣れるのか?」
「よゆーよゆー、大体さぁ・・・」
わざと港中に響くように声を張ると、
「あーんなご大層な竿使っといて、一匹も掛かんねーとはなー、信じらんねぇ」
「「「・・・・・・・・」」」
うわ、今確かに空気凍った。
「・・・・」
こちらにちらりと視線を投げたランサーには、なんぞ因縁でもあるのか殊更嫌味っぽい視線を投げかけ、ちぎったちくわを付けた針をぽんと水面に投げる。
さてさて・・・・


小一時間後


「おーい士郎、もういい加減袋破けんじゃねぇ?」
「うーん・・・いや!ここの魚を縦にすれば!!」
「・・・さもしいな」
「なんか言ったか?」
「別に何も。・・・もーいこーぜ、魚ならまた釣るからさ、ゲーセンゲーセン」
ううむ、本音としてはもっと釣って欲しいが、ここでこいつの機嫌を損ねるのは長期的に見てよろしくない。
「わかった、魚の礼だ、夕食時まで付き合おう」
「よっしゃ!じゃあいこーぜ」
立ち上がり、無言で糸を垂らしている三英霊をちらっと流し見ると、
「じゃ、日が暮れるまでに釣れるとイイデスネーエイレイサマガタ」
「「「・・・・・・・」」」
さ、寒い!冬はまだ遠いのに寒いっ!!


士郎とアンリの立ち去った港に、誰ぞのロッドが折れる音が響き渡った。




続・敬老の日


「だからさぁ、じいさん、何でも…ってわけにはいかないけど、晩飯のメニューくらいなら…」
「だって僕がマク○ナルドとか言ったら…」
「却下」
「だろう?なんでもいいよ」
「なんでもいいが一番困るんだ、馬鹿じいさん!」

きゃあきゃあと騒いでいたのが一変して、ムスッとふくれてしまった士郎を、切嗣はさも愛おしげに眺めて膝の上に抱き上げた。
「士郎が僕のために作ってくれるモノなら何でも嬉しいよ」
「それじゃいつもと変わらないだろ」
「僕としては、まだ敬老されるほどの歳じゃないつもりなんだけれどなぁ…」
嬉しいけど、複雑だなぁと笑って、何気なくテレビのスイッチを入れた。

『…日本の習慣に倣い、ここ、冬木インターナショナルスクールでも生徒達がグランパ・グランマに贈り物を…』

「へー、敬老の日って外国にはないんだな」
士郎と同じくらいの子供達がお祖父さん・お祖母さんに花束を渡し、ハグしたり頬ずりしたりといったあちらさんらしいスキンシップをはかっている。
「なんか見てると照れるよな」
「士郎…」
「なんだよじーさん」
「僕何だか急に欲しいモノができたんだけど…」
「え、なんだよなんだよ、あんまり高いのは駄目だからな……じいさん?」
「……」
「じいさん…なんか目つきがこわ…へ?ぎゃあ!!」
「ああ!士郎、なんで逃げるんだい!?」

「…ってさー、一時間以上家中追っかけ回されたんだよなぁ」
「それは災難でしたね」
「なんかさ、俺は敬老の日に誰かに追われる星の元に生まれついているのかな?」
「さぁ…あ、アーチャーが来るようですよ」
「わ、俺、あっち行くから、アーチャーには教えないでくれよセイバー」
「はい」

士郎が中庭に姿を消したとたんに、襖を開けてアーチャーが現れた。
すまして茶を啜るセイバーを一瞥し、擂り粉木を握り直して庭に降りてゆく。
(全く、追う方も追われる方も楽しそうなものだ…)
当人達は至って真面目なのがおかしくて仕方ない。

「ぎゃあ!なんで分かるんだよ!?」
「貴様が隠れる場所などわかりきっとるわ!大人しく一発殴られろ!」
「クッキー型貰っておいてそれはないんじゃないか!?」

天は高く、おどろかれぬる秋の風。
日向ぼっこに誰かが出した切嗣の遺影が、追いかけっこを続ける二人を笑って見守っている。




惜夏

暑くて暑くてどうにかなりそうな真昼に、陽炎立つ通りへ一人ふらり。
何もかもが真白に灼けた道の向こうに、やがて電話ボックス一つ。

(こんなとこに、あったっけな?電話ボックス・・・)
陽炎にボックスが揺れて見える。
暑い中、誰かが電話を掛けているようだが、たまりかねてドアを足で開け放している。
(そりゃそうだ・・・こんなに暑いんだから)
髪がちりちり焼ける感触がする。
(このままじゃ干乾びちまう・・・大体なんで俺、こんな日に外へ出たんだろ・・・)
ふわふわした思考のまま、電話ボックスを行き過ぎようとしたら、
「おい、衛宮!衛宮!」
驚いて顔を上げると、ボックスから見知った顔が手招きしている。
「慎二?」
呼ばれるままにふらふら近づくと、慎二は(借りるぞ)と目配せして、俺のズボンに突っ込んでいたボールペンをひっぱりだし、メモを取り始めた。
メモ用紙はどっかのレシートの裏。どうやら電話の最中に、メモを取らなくてはいけなくなったようだ。
しばらくして、メモを取り終わり、二言三言交わして慎二は電話を切った。
「悪い悪い、書くものなくてさ。これやるよ」
そういうと、電話のコイン返却口から小銭をつかんで押しつけてきた。
何も使い捨てのボールペンを貸したくらいで金を取るような料簡はない。
断ったものの、
「いいからいいから。僕、急ぐし」
何がいいのかわからなかったが、小銭は押しつけられ、慎二は慌てた様子で立ち去ってしまった。
「・・・ま、いいか」
いくらかの小銭を、ズボンに改めて突っ込み、俺は炎天の下をふらふら歩きだした。

次は突然呼び止められた。
「おい、跳んでみろよ」
田舎の不良のような台詞を吐いたのは、なぜか俺の足元に座っていたアンリだった。
気が付けば道添いに、今ではひと昔前の映画でしか見ないようなトタン屋根の駄菓子屋が、忽然と現れている。
(え・・・こんなのあったっけ・・・?)
陽炎の中からゆらゆら揺れて、電話ボックス・慎二に駄菓子屋にアンリ・・・
「ボーッとしてないでさぁ・・・ほらせーのっ!」
掛け声に釣られて思わず飛ぶと、ズボンの小銭がちゃりんと鳴る。
その音を聞き付けて、アンリの瞳がきらりと光った。
「士郎ーーアイス奢ってくれーー!」
「はぁ?なんでまた急に・・・うわ!くっつくな!暑苦しい!」
「放さないぞーーアイス奢ってくれるまで放さないぞぉぉぉぉ!」
・・・その恐ろしい脅迫に屈し、俺はアンリにアイスを奢る羽目になった。
と言っても、手持ちは慎二にもらった小銭だけだったから、俺はもとのすってんてんになったわけだ。
「士郎、アイス美味いよ」
「ああそうかい、そりゃよかったな・・・」
どっと疲れて座り込んだ俺に、アンリはぐっと、左手を突き出した。
「これやるよ」
日焼けしたみたいに黒い手の上に、きらきらと透明に光るガラスのおはじきがいくつか。
赤青緑、黄色橙・・・
「どうしたんだ?これ」
「朝からずっとくじ引いてたら、これしか当たんなかった」
・・・くじで散財したのか、お前・・・
「んじゃ俺いくから、士郎も早く行けよ」
行く?そういや慎二も、どこかに行ってた。
「ん・・・どこ行くんだ?」
「俺はバゼットんとこ」
「俺は?」
「なんだよ士郎、どこ行くのか知らないのか?」
アンリは露骨に呆れたが、「まぁあんたらしいな」と小さく呟き。
「じゃあとりあえずあっちいけば?」
と、駄菓子屋の先の道を指した。
「あっちか?」
「そ、あっちだよ。じゃあな」
アンリはひらひらと手を振って、俺が来たほうの道を歩いていった。
・・・また一人になってしまったが、なんにせよ行方ができたのはいいことだ。気を取り直して道を歩く。
小銭に取って代わったおはじきが、ポケットの中で澄んだ音を立てている。

駄菓子屋からの道はゆるやかな坂になっていた。
時折鳥の影がアスファルトを過る以外、人っ子一人いない道は記憶のどこにもない道だったけれど、もう不安には思わなかった。
ところどころの木陰を伝いながら、どれほど歩いたのか。
やがて開けた視界の真ん中に、彼女は立っていた。

「やぁ、セイバー」
「こんにちは士郎、今日は随分暑い日です」
そう微笑む彼女の方から、涼やかな風か吹いてくる。
視線をやると、ガードレールの向こうは街を一望し、その向こうに海、その向こうに夏の空。
「いい景色だなあ・・・」
佇むセイバーの隣で、ガードレールから身を乗り出した。
「夏を惜しんでいたのですよ」
「まだ盛りだよ・・・あれ、セイバー、そのワンピース、どうしたんだ?」
あまりにしっくりと似合っていた真っ白なワンピースは、海からの風にひらひらと舞った。
「切嗣にもらいました」
うれしそうに教えてくれた。
「じいさんに?」
俺はよく考えもせずに、
「へぇ、よかったな」
そう言って笑った。
「士郎、きれいなものを持っていますね」
「え?ああ、これか」
ポケットからおはじきを取り出す。
「なんですか?」
「おもちゃなんだけどな、食べると美味いとか言った人もいる」
「美味しいんですか?」
「俺は食べたことないな・・・綺麗だろ?アンリにもらったんだけど、セイバーが欲しいならやるよ」
「いいんですか?」
「こういうのは女の子のものって感じがするし、俺が持ってても仕方ないからさ」
差し出すと受け取ってくれた。けれど、悲しそうに
「私は士郎に返すものがありません」
「いいよ、そんなの」
「いえ、だめです」
強情に首を振り、
「だから私は、士郎を帰してあげましょう」
「え、なんだよそれ・・・」
「ここで私が返せるものはありませんが、帰ればそこに、きっと」
海からの風が吹く、不意に日差しが目を焼いた。
『夏を惜しんでいたのですよ』
・・・確かに、今、帰されることは悲しくないのに。
「セイバー?」
風が帯びる微かな秋の気配を切なく感じた。

「たわけが、起きんか」 いつもに比べると、大分やる気の無いやり方で起こされた。つまりつまさきで、少々乱暴に頭をこづかれたのだ。
「まったく、こんな日向でよく眠れるものだ・・・」
うんざりした顔をしたアーチャーが上空に見える。
「夢・・・」
ああ、夢だろうなぁ。あんなに綺麗で楽しいのは、夢に決まっている。
起き上がると、西日いっぱいの座敷の真ん中にいた。これはあきれられもするだろう。
「食いっぱぐれたくなければ早く来い」
「なんだよ、なんか作ったのか?」
「ああ、私ではなくセイバーがだが・・・」
「セイバーが?」
夢の景色が過ぎる。
「シロウ!」
とたとたと走ってきたセイバーが持っていたのは、
「かき氷・・・ああ、ペンギン、使ったんだな・・・」
「はい、シロウが言ったとおり、とてもおいしい」
言ったとおり?
ああ・・・言ったような、透き通った赤や青、おいしいのだと。
「俺ももらえるかな」
「ええ」
うれしそうなセイバーが着ている、よく似合いの白いワンピース。
昨日まで見なかったものだけれど、不思議とたずねる気にならず、やはりよく似合うなぁとぼんやり見つめていた。

まだ暑いけれどもよく見れば、夕日の中をトンボが飛んでいる。
夏を惜しむ今の季節は、夢との境が多少曖昧でもいい気がした。




memories

俺の全てを、
「士郎、どこだい?」
じいさんはいつも俺を探してた、返事をするとやってきて、でも何をするわけでもなく俺の隣に座ってた。
「じいさん、用あるんじゃないのか?」
「ん、別に何もないけど…用がなくちゃだめかな」
「別に…そう言う意味で言ったんじゃない」

そんなに優しい顔をしないで、思い出すたびに胸が痛い。

じいさんが家にいるときは、大抵そうして二人で居たのに、不思議と触れ合った記憶は少ない。
じいさんが俺に余り触れなかった理由は、今ならよく分かるけれど、幼い頃はほんの少しだけ淋しかった。
仕方のないことだと思っていたけれど。

子供心に感じていた、俺はこの人の、とても大事なモノを奪ったのだと。

だから甘えた記憶はなく…。
最後の夜、力が抜けて寄りかかった切嗣の体の、余りの軽さに息が詰まった。

俺はとうとうこの人の、最後の一つまで奪った…

さぁ、剣を手に取ろう。一つ一つやっていこう。
何もかもをあなたの為に。
あなたの願いを叶えることを、俺の宿願にしよう。
そのためなら何をも厭わずに、あなたが俺にそうしたように。

「士郎は何でもできるね、すごいねぇ」
「じいさんが何にもできないからだろ…つまみ食いするな」
「だっておいしいもの、士郎が僕のために作ってくれたんだろ?」

そう言って俺を撫でた、あの手のひらの温み。

「…また、作るよ」

そう、全てはそのためだけに。
いつか、何の果てでもいいから、たった一度、笑い合いたい。





戦争前夜


「なんだ、どっかにぶつけたのかな…」
少年は不思議そうに手の甲を見つめている、青い髪の少女は泣きそうな顔を伏せる。
黒髪の少女は朝からの電話に不機嫌だ。何だか凄い引っ越しを見たわ、外れの森に行っていたのと誰かが話している。

「すまんな、衛宮。このところ文化部から、備品が故障したという報告が多い」
彼はいつものように忙しく、もう一人の友人は登校していない。
最近荒れ気味だ、いつもにも増して。

気味の悪い外国人を新都で見たと誰かが噂している、自分はここ最近、スーツの美女を見かけていたのに最近さっぱりだと誰かが応じる。
教会の近くで時折見かける美丈夫は誰と誰かが問うと、あれは教会にステイしている留学生らしいよとどこかで耳打ちした。

ガス爆発があったじゃない?あのせいで、今日遅刻しそうだったの…

黒髪の少女は真っ直ぐに下校している、青い髪の少女はそろそろ呼ばれるかも知れないと予感する。
誰もいない夕暮れの公園に白い髪の女の子が居たとか寺の山門に髪の長い人影を見ただとか、出来の悪い怪談が夏でもないのに流行っている。
教会はいつだって静かだ。

「ん…」
ふと何かの影が月明かりをよぎったように感じて見上げる、何一つ無い摩天楼の月の空。
視線を戻してマフラーをきつめに巻く、ふと吹いた木枯らしに目を閉じる。
そしてその一瞬に、再び影がよぎる。

灼熱の何かの夢を見る。

少女は兄に本を渡した。
ストーブは故障した。
少年は美しい黒髪に一瞬気を取られた。
彼女は不機嫌に拍車をかけた。
気分が悪いと言って早退した生徒が多かった。

焼けただれたような夕日が沈んだ。
彼は部室の掃除に応じた。

白い少女は初めての外出に、従者を連れてはしゃいでいる。

そして最後に彼女は歩き出した。呼ばれている、応じなければ。
瞳を閉じ、開けばそこは戦場。
彼女は問おて、彼は答えた。

青い騎士、戦争が始まる。







夜風饐えたる


なぁそれくれよ。

飴でも欲しがるように言ってつついたのは、股間のジッパーだった。
見上げる目線の媚態を嘲笑って座ってやると、
どこで覚えたのか口で器用に降ろしてみせた。
「淫乱」
甘く囁くのが酷く気に入っているらしい、かわいいかわいい私の、しろう。
「だって身体が、じんじんするんだよ。あーちゃー、熱いから触ってみろよ」
襟元から手を差し込んで、
熱くて湿っていて時折治りかけの傷跡が指先に引っかかる素敵な私のしろう。
障子の向こうで四日目の月が悔しそうに沈んでゆくのが見えるよう。
俺たちはまだ目を覚ます気はないよ、まだもうずっとずっと沈んでゆきたい。

悔しいなら早くおいで、可愛い可愛い憎らしい私の士郎。
何度でも貫いてやるから。

「ぐ…ふぇ…お前、いっつもこうだな、弓兵」
「すまないな、私の士郎はおねだりがもっと上手い。
泣いてやめろと懇願して、そのくせ跪きはしないんだ、素敵だろう?」
「へへっ…変態野郎」

背中に私の刃を受けて、死んだしろうの温かい身体を大事に大事に抱き寄せた。
悔しいなら早くおいで、愛しい可愛い憎い私の士郎。

何度でも貫くから。







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