線香花火
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線香花火。
じっとうずくまって、橙色の光を見つめていると、昔のことを思い出す。
線香花火が好きだった。
「線香花火が好きかね」
「あ…はい、線香花火が好きです」
驚いてしまって橙の灯りを一つ落とした。
溜息をついて顔を上げると、アーチャーさんは申し訳なさそうに頭を掻いていた。
「すまない」
「いいえ、まだたくさんありますから」
手の中の線香花火の束を見せると、ちょっと呆れたように本当に好きなんだなと呟いた。
「ああいったのには?」
示した先では、姉さんがランサーさんとギルガメッシュさんに向けてロケット花火を乱射している。
よい子は真似をしてはいけない。
「そうですね…でもやっぱり線香花火が好きです」
「ふむ、まぁあれよりはましか」
それは恐らくセイバーさんの事を言っているのだと思う。
セイバーさんとライダーは、何故か蛇花火に魅了され、庭の隅の暗がりでじっと地面を見つめている。
「人それぞれですから…」
一人一人の好みが出ていて面白いなぁと思う。
「アーチャーさんは?」
「私も線香花火が好きだな」
そうおっしゃったので、私は束から一本、線香花火を取り出した。
でも、アーチャーさんは首を振って受け取らない。
「どうかしました?」
「いや…」
線香花火を見ていると、昔のことを思い出さないか?
「…そうですね」
確かに暗闇の中で震える、小さな橙の光を祈るように見つめていると、昔のことを思い出す。
「思いますよ、昔のこと、色んなこと…」
「それは」
「でも、もうそんなに、辛い思い出ではないですから」
束から一本、引き抜いてアーチャーさんに差し出した。
「忘れられないのは、線香花火で燃やしてしまうんです」
鋼色の瞳が、細い思い出を見つめて、やがてそれを手に取った。
橙の小さな光が二つ並ぶ。
アーチャーさんは、何を思い出しているのかしらって覗いた。
橙に光る横顔が、あの人にそっくりで顔を逸らした。
弾ける音が、やがて小さくなって消えた。
燃えかすをバケツに捨てて、立ち上がって膝を払う。
「桜」
呼んだのは誰?
「桜、君は」
呼んだのはアーチャーさん。
私の好きな人の果て。
「桜、君のことは、妹のように思っていた」
まるで、あの人のように言葉を探して眉を寄せて見せた後に、
「妹のように、思っていたはずなのに…一人の夜も、初めて人を殺した夜も、最後の時も」
いつも思い出したのは、君の笑顔だった。
「桜、スイカ切れたから、みんな呼んで…アーチャー、お前も食うか?」
「いらん」
きびすを返して、表に歩いて行ってしまった。
「なんだよ…桜、あいつと話してたのか?」
「はい」
「変なこと言われなかったか?」
私は首を振る。
「いいえ」
「ならいいか…。な、桜、スイカのいいとこ、二人で先に食べないか?このまま出すと奪い合いなんだ、こないだ藤ねぇが、真ん中が一番旨いって入れ知恵したから…」
いいながら、先輩は私の手を引く。
引かれて縁側に登る、何て何気なく、この人は私に触れるんだろう。
私の手に触れるのを躊躇った、アーチャーさんの大きな手を思い出す。
「先輩」
「なんだ?」
「私、アーチャーさんに変なこと言われたんです」
ぴたりと先輩が止まる。
「でも私、嬉しかったんです」
「…なんだそれ」
むぅと唸ると、困ったように頭を掻いて。
「桜、もうあいつと話すな」
「どうしてですか?」
「…どうしてもだ」
そう言って、ぷいと向こうを向くと、私の手を引く。
こんなこともいつか、あの橙の光る玉になって、弾けて消えるのかしら。
橙色の横顔。
あの人の慰めになるのなら、こんなささやかな思い出をいくつでも積み重ねたいと思った。
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