お題

 (“腐女子向けにいまさらな20題”より)

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1.浮気ネタ

「「おはよう士郎」」
えーとですね、
「「どうした、顔色が悪いぞ?」」
いや、そのね、なんて言うか…さ。
「全く、体調管理がなっていないからだ」
「ほら、上着を着ろ。朝夜は冷えると言ったろうが」
左右から同時に腕が伸びて、肩にジャケットを掛けられる。
「支度は出来ているから早く食べろ、遅刻するぞ」」
「いや、大事を取って今日は休んだ方が」
「甘やかすな、これはお前の士郎ではない」
えええええええええ…と?
「あの、さ、アーチャー」
「「なんだ?」」
「とりあえずアーチャー1号とアーチャー2号でいいか?」

「「どっちが2号だ」」

と、寸分違わぬ容姿と持ったアーチャーは、綺麗に声をハモらせた。
士郎はどちらが2号かで揉め始めた二人の向こうの日めくりに、うんざりと目をやる。

今夜は満月、魔力供給の日だ。



2.天使・悪魔ネタ

某月某日、アーチャーの背中に羽が生えた。
「あら、随分可愛いいたずらされたのね」
と言っても翼が生えた訳じゃなくて、白い羽が一本だけ。
「心当たりはある?」
イリヤに尋ねられて、思案を巡らし、
「ああ…昨日小鳩を助けたが。巣から落ちていてうるさかったのでね」
「それね、多分妖精のペットだったのよ、お礼のつもりかな」
「取ってしまっていいのか?」
「いいわよ」
そうして惜しげもなく毟ってしまう。
「もうしばらく付けてりゃいいのに…」
「お前に笑われるのが我慢ならん」
「笑ってないだろ」
イリヤはくすっと微笑み、
「その羽で鼻をくすぐって、くしゃみをさせるのよ」
「こうか?」
「ちょ!お前何し…へ…へくしっ!!」
くしゃみが出た。
「どうなるんだ?」
「何でも願いが叶うわよ、1つだけだけど」

「え…」

それじゃあね。と、ひらひら手を振ってイリヤは消えた。
後には俺とアーチャー。
「ふむ…」
アーチャーは何事か思案している。
いったい俺はどうなるんだろう。




3.お別れネタ

小さい頃映画を見た、テレビで見たけれど、昔のフイルムの色をしていた。
美しい女優が涙を流して、美しい声で言った。

「さようなら」

あんなに深く愛し合って、もう二度と会えない相手に、そんな美しい顔と声のまま言えるものだろうかと思った。
俺には出来ないだろうなと思った。
そしてやっぱり出来なかった。

涙でぐしゃぐしゃになって視界が判然としない、ただ赤い輪郭がある。
引き留めては駄目だ駄目だ駄目だ、駄目だし無理だ困らせるだけだ。
さようならと言おうとする口が震えてどうしても声が出ない、言ったら行ってしまう。
こんなひどい顔をどうか見ないで。

そう思って袖がぐちょぐちょになるのに構わず顔をぬぐったら、
ああ、やっぱりお前も俺なんだな、
そんな顔をしてと思ったら初めて笑うことが出来た。



4.コスプレネタ

ひどいと思う、これは、いくらなんでもひどすぎる。
嫌われていたかもしれないけれど、引き留めて迷惑ばかり掛けたかもしれないけれど、

これはひどすぎると思った。

視界がひどい揺れ方をしている、頭の中身まで揺れてぐちゃぐちゃ、涙と悲鳴がひっきりなしに出る。
背後のアーチャーがひっきりなしに俺を揺さぶっているせいで、熱は上がり声はかすれてもうでない。
でもそんなことはいい、どうでもいい。

アーチャー、どこから引っ張り出したんだ。
お前が着ているコートは、そのコートは。

袖が視界をふさぎ、樟脳の匂いの奥に、俺はそれをかぎ分けてしまう。
上げたうめきに、背後から笑い声がした。

「気持ちがいいんだろう?」

視界にハレーションが起こって意識が落ちてゆく、落ちてゆくむこうで楽しそうな笑い声がする。
ひどい…ひどすぎる、

誰か助けて、笑いながら泣いているこの目の前の男を。



5.怪我・病気ネタ

少々長い休みの後に、学園に姿を現した衛宮士郎の件は、瞬く間に噂になった。
正確には左腕の件が噂になった。
もっと正確に言えば、無くなった左腕について、噂になった。

元々親しかった友人達は、休み時間になればこぞって士郎の側に集った。
遠巻きに向けられる好奇の視線から、見えない左腕を隠すようにいつもより明るく笑った。
士郎も笑っている。
もとより強い人間なのは知っていた、でも脆いのも知っていたから、彼らは士郎を守ろうとした。

「おい、衛宮」
「なんだ?」
「今日は会議が早く終わった、校門まで一緒に行こう」
あかね色のグラウンドに長く影が伸びて、その影が欠けている。
「義手は…」
「もう少しかかるってさ」
何でもないことのように彼は言う、何でもない事のはずがない。
「…間桐と、やつの妹も今日は休みだ」
「…」
「遠坂もだ」

沈黙のままに校門にたどり着けば、そこには彼が居た。
士郎の隣の一成に小さく黙礼すると、ついてくるのが当然だとでも言うように黙ってきびすを返す。
そして当たり前のように、衛宮士郎はその隣に駆けてゆくのだ。

「衛宮!」
じゃあなと言おうとして、一成は言い直した。
「またな!」

その声に、何故か士郎は泣きそうな顔をした。

夕暮れを、影が二人寄り添って歩く。
欠けた左腕の位置を、埋めるようにしていた大きな影は、やがて士郎の影を抱いて
夜の空へ消えてしまった。



6.道具ネタ

草木も眠る丑三つ時に。
衛宮士郎は慎重に辺りの気配を窺った。
一分二分…猫の子のあくびも小鳥の身じろぎも聞こえないことを何度も確認した。
もとより人のいるはずはない。

桜も凛もセイバーも今夜はそれぞれ屋敷に帰り、
タイミングの悪いことについては他の追随を許さない大河も、大学時代の友人の家に泊まりに行った。
「……」
よし、とは心の中だけで呟く。

どれだけ臆病なのかと笑わば笑え、
そもそもこういった衝動に駆られること自体が、同年代の男子一般に比べて極端に少ないのだ。
しかしだからといって一度駆られれば厄介さは変わりないし、
女子の出入りが多い状況では、不本意なトラブルの元にもなりかねない。
だからこうしてひっそり一人で処理することが、一番正しい対処法。

実に十分以上心の中で言い訳を並べた後に、ようやく士郎は押入に手を伸ばす。
引き開けると目につく場所に男性誌が山積みされているが、それは慎二から預かったものを使ったフェイク。
いつかの女子の襲撃時、実に良く役立ってくれた。

慎重にその山をどけ、闇の奥に手を伸ばした。
引き出し、思わず誰もいない室内を見渡し確認し、いつもの位置に陣取り、いつもの頁を開いて…!

「ふむ…そういう趣味だったか」

もはや声も出なかった。
背後から掛けられた声には死ぬほど覚えがあったが思い出したくない。
何故居るいや霊体化していたんだろうけれど何のためにいつから見てたんだよなんでよりにもよって俺の部屋をつーかなんでよりによってこんやなんだこのばかやろう……!!
真っ白になった頭の中を、怨嗟と呪詛が流れて渦巻き詰まりを起こして声が出ない。
「なかなかイイ趣味をしているな」
背後の男は笑っている、見なくたってわかる、意地が悪くてやらしー笑みを。
そうして俺の耳元でささやく。
「早く始めないのか?前が開いたままでは寒かろう」

助けて誰か、あ、誰もいないんだっけ。



7.タイムスリップネタ

このネタはあるお方に捧げました。
あるお方の「お誕生日プレゼント」に「子士郎が出て来る話」だったのでふさわしかろうと贈らせていただきました。
まぁヒントはこのくらいで。



8.結婚ネタ

ほう…と目を細める様子が鏡越しに見えてへこんだ。
「見るな馬鹿」
「呼ばれてきたのだが?」
「だからって…じろじろ見るなよ」
「私がお前の頼みを聞くと思うか?」
そう言ってますます露骨に視線を向けてくるので、
思わず開いた胸元を手で隠した。
何このポーズ、自分でやっていて寒すぎる。
相当情けない顔をしている俺に、さすがに同情を催したのか背後で苦笑いしている。
「まぁ、学園祭の余興としてなら常識の範囲内だ」
「だといいけどさ…」

鏡の中の自分は、ふわふわふりふりで随所にスワロフスキーとパールをあしらった、
プリンセスタイプのウェディングドレスに…身を…つつ…
「なぁ、やっぱり泣いていいか?」
「終わってからにせんと、凛が何をするかわからんぞ」
「うう…」
行くも地獄行かざるも地獄である。
「さっさと諦めてしまえ、さて、何故私を呼んだんだ」
「あ、そうだ、ファスナー上げて欲しいんだよ」
背中のファスナーがどうしても上がらない。
「俺、体柔らかいのにさ、届かないんだ」
どうして女の服は手間がかかるように出来てるんだろうなと、背後に回ったアーチャーに何気に振った。

「そんな事も知らんのか」

馬鹿にした声がして、ふっとアーチャーがかがんだ。
そして奴は、
「へ…っ!?」
ファスナーを口でくわえると、そのままじりじりと引き上げ、
「あ・…あ…?」
混乱する俺を尻目に済ました顔でファスナーを閉め終わると、肩口にちゅっと口づけられた。
「こういう事だ、外で待っているぞ」
さっさと出て行って、
後には涙目の俺が一人。



9.SMネタ
ある朝、アーチャーが血相を変えて居間にやってきた。
新聞を読んでいた士郎の前に座り、手にした紙切れを突きつける。
「これはなんだ」
「なにって…昨日イリヤと落書きして遊んでたんだけど…」
「貴様、いくらイリヤが見た目よりは大人だからと言っても、婦女子とこんな話題をだな…!」
何を慌てているのだろうか?
不審に思って士郎は紙切れを広げる。

【士郎=M
アーチャー=S】

(…なるほどね)
「あのさ、アーチャー」
「なんだ」
「Mはマスターで、Sはサーヴァントの頭文字なんだ」
ぎしっと音を立ててアーチャーが凍る。
どこかから鳥の声がして、やがてしなくなり、士郎は洗濯物を干しに外に出た。
洗濯物を干し終わって、庭から居間を見ると、アーチャーはまだ固まっていた。



10.誕生日ネタ

「やっぱりバレてんのかなぁ…?」
「ぜーったいそうよ、バレバレよ、士郎のせいなんだから」
「けどさ、ちゃんとあいつには卵買いに行かせて、その隙に注文したぞ?」
「じゃあいつバレたのよ」
「うーん…」

道場に入っちゃいけないのは、キャスターが女子に服を着せたいから。
ランサーやらバーサーカー、果てはギルガメッシュまで来ているのはその手伝い。
ちょっと無理がある気がした言い訳に、みょーににこにこしながらうんうん頷き、
藤ねえが雨樋直してくれって呼んでいたぞと告げると、そうかそうかとやたらに上機嫌で出て行った。
おかげで台所が使用可能になったけれど、

「やっぱバレてるなぁ…」
卵にバターに砂糖に薄力粉、おいしいケーキにするために。
「ボウズに隠し事なんて、鳥が泳ぐより難しいだろうな」
道場で制作した、部屋を飾るきらきらのスパンコール。
「でもさぁ…」
「いいんじゃないですか?プレゼントもきっと喜ばれますよ」
食器棚の奥に隠したのは、ラッピングをすませた高級工具セット。

「わ、可愛いの買っていらしたんですね」
「まーな、嫌がらせにもなるかなーと思って」
「自分の名前で注文だなんて、変な気持ちだったんじゃないですか?」
「まぁなぁ…」

『エミヤシロウ君、誕生日おめでとう!』

ハッピーバースディ、みんな呼んで誕生日会だなんて、
今月の食費が怖くて仕方ないけれど今日だけは特別に。



11.動物ネタ

「3分間簡単おまじない☆」

という本を、なぜだか遠坂の部屋の本棚で見つけた。
魔術関係の本は、読みたいときに持ち出して良いと言われている。
太っ腹な師匠の厚意に甘えるつもりだったのだが、
こんなモノを見つけて好奇心が刺激されないわけがない。

「意外だな、こういうの馬鹿にしてそうだと思ってた…」
けど、遠坂にも小学生時代はあったのだろうし、
女の子って、ホントにおまじない好きだよな。
「何々…胸に手を当てて…?」

『胸に手を当てて、イトミコノッピスって3回唱えてね!
そうすると…』

瞬間、ボウンと音を立てて、俺の体から煙が吹き出した。
「は…?」
煙は一瞬でかき消える。いやまさか、そんな、
おまじないの効果は、「猫の気持ちになれるおまじない」。
そんなはず…!
慌てて胸に当てていた手のひらを、頭にやる…耳はない。
腰を探っても尻尾はない。
ホッと息をついた。
「そうだよにゃ…いくら遠坂にょ本でもにゃ…あ…」

「おい、士郎、何をしているんだ。他人の部屋にあまり長居するモノでは…」

廊下を歩く気配が迫ってくる、俺は口を思い切り押さえる。
神様、どうしたらいい。



12.お初ネタ

明けてゆく未来の象徴のような朝焼け色の髪と、
近い未来に、何事かを成す運命を示す黄金の二重の瞳。
しかし今は未だ。
今は未だ、小造りなその腕よ足よ、華奢な体よ、柔らかな皮膚よ。

衛宮士郎、私はこうしてお前に手を伸ばすとき、
お前に焦がれているのか、それとももはや届かぬ遠い過去を抱こうとしているのか、
わからなくなるときがある。

焦がれているのだ、身を焼く熱に、
炎が立たぬ事が不思議なほどに。
過去にか、お前にか。

(初めてこの熱情に身を任せた夜、お前はどちらも同じことだと、笑った)

それを免罪符に今もまた手を伸ばし、
柔らかく許し続けるその、身体に溺れる私を。
許さないことがお前にだけできるのに、お前は何も言わずに瞳を閉じる。

私も、何も言わずに口付けをしよう。
その唇に毒か塗られていたとしても、私は後悔すまい。



13.逆転ネタ

衛宮士郎は、半人前以下の魔術師もどき。
身の程に不釣り合いの高い理想に身を滅ぼす。
非力な腕回らぬ知恵。愚かな愚かな、私の過去の。

ならば、お前は誰だ。

「お前は誰だ?」
「衛宮士郎、2年C組。そう言うお前は?
連れてたの、A組の遠坂だろ」
振り返った顔は、すっとぼけた表情と返り血。
左腕の短剣は、腕ごと赤黒く。
足元の、闇に広がる血溜りにかすかに残る魔力の、残滓は…

「お前は…誰だ」
「衛宮士郎。…なんでサーヴァントに2体も会うんだよ、ツイてないな。
お前は遠坂のだろ、殺したくないから来るな」

衛宮士郎は、半人前以下の魔術師もどき。
身の程に不釣り合いの高い理想に身を滅ぼす、愚かな、愚かな…。

その愚かさだけがお前の免罪符だったのに。

「来るなっつっただろ!馬鹿!」
半分本気で打ち込んだ双剣を、受けとめられて確信する。
「お前はっ…誰だ!」
三度目の問い掛けは叫びとともに。
「衛宮士郎だっつってんたろ!
…ちっくしょ、この喧嘩買ったぞ糞サーヴァント!!!」

さぁ聖杯戦争が始まる、飛びきりイカレタ大戦争に、
勝者も敗者もあるものか。
準備はオーケイ?さぁ行こうか。



14.薬ネタ

「無味無臭よ」っていうから、焙じ茶に混ぜたのに。
嘘つき、二つ並んだ湯呑みの奥のがあいつで手前が俺の。
あいつは不審そうに二つを見比べ湯気を嗅ぎ分けた。

「…悪かったよ、妙なもん混ぜて」
謝って湯呑みを片付けようとした、俺を制する。
そうして、一息に。

「あのさ、毒とかだったら、どうするつもりなんだよ?
英霊様でも死ぬときは死ぬだろ」
「毒でも薬でも、貴様が盛ったものなら仕方あるまい。
私はお前のものだ」

そっけなく言い捨てて、背を向け新聞をめくる、姿が滲んだ。



15.子供ネタ

またつまらないことを考えていたみたい、迫る顔の眉間の皺を指先で伸ばした。
キスの途中に余計なことを考えるなよ馬鹿。

「今更だろ?」
「…そうだな」

イマサラ、常識ぶったって無駄。
良識と良心は遥か彼方、二人で暮らすこの家だけを、
治外法権にって砂に指で線を書いて決めた。

「じきに大きくなるよ、俺が我慢できなかっただけ」
「たわけ」

そんな一言で全部持ってゆかないで、
子供扱いしないで、半分渡して。
キスをしたのも、抱けといったのもこの口。
体を愛されるのに未だ身長が足りないと言うのなら、
指が折れるまで背伸びをするから
罪も罰も、半分分けて。

それが欲しくて、オトナになったのだから。



16.吸血鬼ネタ

「ほら」と、指を突きだしたのは気紛れだった。
二人並んで台所仕事にいそしむうちに、不注意で傷つけた人差し指の先だ。
ぷくりと膨れた、赤珊瑚のような玉は、ゆらりと崩れそうに揺れている。
その様を見て、不愉快そうに顔をしかめた。
そうして、黙って指をつかむと、蛇口をひねって流してしまう。
水の流れに傷口が痛んだ。
「サーヴァントに血の味を憶えさせるのは、三流以下の外道がやることだ」
苛立った口調に、地雷を踏んだかとヒヤリとした。

「おや、ひどい言われようですね」
その時、背後からひょいと顔を出したのはライダー。
さっきまで居間で本を読んでいたのに。
「いい匂いがしましたので」
ふっと頬笑むと、また赤く滲み始めた指先を引き寄せ、ペロリと舐めた。
ぞわっと走る感覚に、知らず逃げ腰になる。
それをそっと捕まえられた。
「外道には外道の楽しみがあるものですよ」
そう言い捨て、畳の上に伏せてあった本を拾って出ていく。
うん、それはよくわかったから。

「アーチャー」
「…なんだ」
「眉間、皺、凄い事になってるぞ」
指摘しても尚睨み付けてくる。
挑発するのなら、きちんと責任を取って欲しいものだ、たとえ外道だろうと。



17.邪魔者登場ネタ

金色の髪の男はベッドの端に腰かけたきり、こちらを眺めてたまにあくびをしている。
こういうときは性格の違いがはっきり出るなと感心する。
「…悪くないと思うぜ、坊主。
お前が助けたい弓兵と嬢ちゃんに関しちゃ任せておけばいい。
俺たちも魔力が手には入りゃ万々歳だ」
割のいい取引なのはわかっている。
半人前の魔力と引き換えに、
サーヴァントが二体、曲がりなりにも俺の命を聞いてくれるという。
アーチャーと遠坂救出までという条件付きだが。

「俺は約束を守る」
「それはわかってる、ただ、あいつはどうなんだ?」
ベッドの男は、この取引に興味がなさそうに見えた。
「あいつはなー…」
振り返るランサーに目もくれない男と、その時初めて目が合った。
この二人は、深い赤の瞳だけが共通している。
ふっとその瞳が眇められた。
「琥珀に二重の瞳か、珍しくはあるな」
それは俺の目のことを言っているらしい。
「何呑気にしてんだよ…お前も、もう自力じゃ魔力作れねえだろうが」
「急場の凌ぎとて、ゲテモノを食う気にはならぬな」
確かに男だし、眉目秀麗とは言い難いが、ゲテモノよわばりはあんまりだ。
「悪かったな、ゲテで…」
「ゲテではない、そそりもせんがな…非常食としてなら悪くない部類だ」
ありがたいご評価を頂いたお礼を言おうとしたとき、ふっと体が重くなった。
「あ…」空気が抜けるみたいに床に落ちる、寸前にランサーが捕まえてくれた。
けれど体に力が入らない。
ランサーの声が頭に響く。
「あのなー、まだ坊主はいいともなんとも言ってねえだろ」
「その雑種に選択の余地などないだろう、
ならば奪ってやるのが責めての情けだ。
貴様のようなやり口こそ一番の下衆よ」
いやいや、俺はせめて自分で答えたかったぞこの王様野郎。
確かに…その答えは一つしかなかったけれど。
「わりぃな坊主、約束は守る」

ならそれでいい。

ベッドに寝かされる。
二つの影の重みを感じて、そういえば自分は初めてなのだなと考えが至った。
ああ、ならばせめて…よかったのかもしれない。
別れ際に弓兵と交わした口付けは、あれだけは渡せたのだから。



18.記憶喪失ネタ

最近寝付きがよく、よく眠れるのに、不思議と日中まだ眠いのだとこぼしていた。
寝すぎだ、弛むにもほどがあると私は指摘し、
セイバーは道場での修練を多少短く切り上げようかと提案し、
凜は薬の実験台にならないかと誘い、
桜は病気でしょうかと表情を曇らせ、
ライダーは読んでいた本から少し面を上げたがまたすぐに伏せた。
ただ一人何も知らない衛宮士郎だけが、
そんなに心配しなくていいと呑気に頭を掻いている。

(夜毎開かれるキビシスの函、
夢と現の境界はただその呼び名だけ)

夢もみるけど、起きたら忘れてしまう、けれど悪い夢じゃないみたいなんだと話す。
「それはよかった」と誰かが答えて、それだけが嘘じゃない。



19.死にネタ

真っ白に洗い上げた包帯。
ひらひらと朝の風に舞っている。
そろそろいこうかと目配せすると、小さく頷いて立ち上がった。

この世の終わりにしてはすがすがしい朝。

「まさかお前と私でやることになるとは思わなかったな」
「仕方ないだろ、イリヤの遺言だ。やるぞアーチャー」
遙か荒野と化した向こうから昇る朝日と、
その光を求めて地下から染み出して来た真っ黒なバケモノ。
「要は、身の程知らずに頭を出した奴は切りとばして、
後は蓋をすればいいんだろ?」
「ああ、まったく地脈を丸ごと汚染するなど前代未聞だ。
蓋をしても、浄化には千年単位の時間がいるだろうよ」
「んー、まぁそこら辺は遠坂と桜がなんとかするだろ。
俺たちは俺たちにしか出来ないことをきちんとやろう。
ま、せいぜいイリヤみたいな、いい扉になれるといいけどな」

絶望も一回りすれば、澄み渡って透明になった。
持ち物も未来もないなら、ただ踏ん張ってやれることをやるだけ。

「ゲートになるのは構わんが、お前ととはな」
「そっかな、俺はお前と、こんな事になるんじゃないかと思ってたよ」
そう言うと面食らった顔をした。
笑って、洗いざらしの包帯で手首を結ぶ。
「はぐれたらおしまいだからな、穴に着くまでは頼んだぞ、アーチャー」
「衛宮士郎」
摩耗した摩耗したと、言う割に諦めの悪い男は神妙な顔をして悲しいことを言う。
「今なら間に合う、お前は逃げろ。扉は私一人でも務まろう」
「馬鹿言うなよ、逃げろたって、何処に逃げるんだよ」
笑って、結び目はきつくきつく。
「あんたと二人の場所にいきたいんだ、いいだろ?」
「…済まなかった、私もお前とこうなることはわかっていたんだ。
もしかしたらとつまらない期待をしたせいで、逃がすタイミングを失った」
「いいんだ、秩序の守護が魔術師の務めなら、これはほとんど最高の死に様だろ」

絶望は澄み切って、朝の空のよう。
いいさ、お前と二人なら。

「行こうか、あんまり遅れると遠坂に怒られる」
「ああ」

軽く声をかわして、名もない英雄は二人、朝日に向かって駆け出していった。



20.親子・兄弟ネタ

それは運命の夜のこと。
血まみれで逃げ込んだ土蔵、浮かび上がる昔々に書かれた陣、
左手の痛み、世界が繋がる、打ち据えられたような衝撃、堅い床に倒れる。
風が吹き、光が一瞬走った。

「いて…」
「貴様が、」
声に少年は顔を上げる。
聞き慣れた誰かの声、見上げれば苛立った表情の男、奇妙な服装。
それは、
「貴様が私のマスター…」
もつれきった運命の糸の、たどり着いた先。

「な…オヤジ、今日は出かけるって言ってなかったか?」
出し抜けに叫ぶ少年、男は度肝を抜かれる。
今なんと言った?
「それにその格好…、あ、そんなことより速く逃げないと!妙な奴が来てて!」
オヤジ?それは誰のこと言っている?

「士郎、私はここにいる」
そして混乱は今頂点に達する。
土蔵の戸を引いたのは槍兵ではない。
「え…オヤジ?」
振り返った少年の言葉、驚いて目の前の男と背後の男を見比べる。
「え…え?」
「いいから来なさい、説明は後でするから…」
戸惑いながらも駆け寄った少年の顔に手のひらをかざした。
「今は寝ていなさい」
倒れ込んだ体を抱きとめ、床にそっと寝かせた。

同じ顔、同じ体躯の二人。
赤い外套と黒いシャツ、二人は睨み合う。
「貴様は誰だ…!」
「それはこちらの台詞だな、人の家に勝手に召還されてきて、
来るなり大切な一人息子の命を狙おうなどと、神経が太いにもほどがある」
「息子…!」
赤い外套の男は絶句する。
「そういうことだ、わかったら死んでもらおうか。
座にも還れぬようにに霊基ごと粉砕してやるから感謝しろ」

そうして呼ばれる双剣、詰められる間合い。
睨み合う二人は髪の一筋までを完璧に写し取り、その有り様だけが決定的に”違う”。
「なんだ?サーヴァントが二人…って、弓兵、生き別れの兄貴か何かか?」
頭上から軽口がかかる。
それには答えない、二人は黙ったまま、お互いに斬りかかっていった。

もつれきった運命の糸が行き着いた先。
混沌のままに、聖杯戦争は始まった。






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