くらいふち
死に体で囁く愛の言葉は、冷たくなった君の体を滑って床に落ちた。
臓物半分その場に残してもう少し側へ、にじり寄ったら愛しくなってもっと側へ。
冷たい手のひら握りあって今夜もまた死ぬ。
その刹那に、
(そんなのはありえない、かんちがい、きのせい、きっと)
四日目は十三夜、何時までも満たされない月が恨めしげに覗く。
「なかなか惨めな死に方だったのよ、生きてた頃ね」
けらけらと笑いながら、絨毯をひたひた歩いてベッドに寝ころんだらシーツが赤く染まった。
なかなか乾かない血は、化け物のやつだからなのか、それとも混ざりモノの多い魔術師の血だからなのか。
どっちにしろ俺のじゃないからどうでもいい、バゼットも何にも言わない、バゼットはいつもソファで寝る。
俺は上機嫌、今夜は上首尾だったから、殺した、ぐっちゃぐちゃにしてやった。
「だから、あんたと死ぬのは嫌いじゃないよ」
月の怨嗟を背中に受けて、バゼットは赤黒く染まったシャツをべりと体から引き剥がして床に放り出し、スーツケースから替えを探している。
「あんたはどう?」
返事はなく、ばさばさばさばさとシャツを放り出す音が続いていく。俺はにやにやとバゼットを見てる。
ばぜっとのかげは、てがすごくながくのびていて、ものすごくきもちわるい。
暗い部屋の中で、バゼットはスーツケースを漁る漁る。何もかもを放りだし、一目でそれは異常と知れた。
「血が怖いのか、バゼット。でもそれはお前がやったんじゃないか」
酷かったよなぁ…、お前は心の臓を見事に抉られながらも向かってきたそれの頭を”蹴り潰した”。
それだけでも大した見物だったが、面白かったのはそれからだ、潰された頭蓋骨の顎だけがバゼットに食らいついたのだから。
「くくく…確か昔話にあんなのあったよなぁ…実地で鑑賞できるとは思わなかったよ」
バゼットは何の反応もなく、ガサガサガサガサとスーツケースから取り出しては放り取り出しては放り。
俺としては誉めて欲しいんだけどなぁ…顎、外してやったじゃん?バゼット黙って突っ立ってたし、あのままじゃそれこそ昔話みたいに喉笛噛み裂かれてたぜ?
やがてガサガサとスーツケースを漁る音が止んで、次はびりびりと裂く音。
「ああ…駄目だろバゼット?それ、動きやすいように全部特別に仕立ててるって言ってたじゃんか…」
びりびり…びり…びり…びりびりびりびりびりびりびりびりびりびり……
暗い暗い部屋に、乾いた音がぼろぼろと飛び散って。
「あーあ、俺知らないよ?散らかしちゃってさぁ…」
注意したのに、聞いていないバゼットはびりびりびりびりびりびり……
おもしろいから眺めてたら、急に引き裂く手を止め、頭がふらふらと揺れ始める。
「くっくっく…どーしたー、バゼットー?」
ばぜっとのくちからくうきがもれてるみたいなおとがきこえた。
次につんざく音がした。
「あ・・・ああ・あ・・あ・・あ・・・あ・・あ・あ・ああ・あ・あああああああああ!!!」
「くくくく…」
切り裂かれたソプラノはとても綺麗な声、嫌いじゃないな…
「あ・・・ああ・・・あ・・・」
なにかをいやがるようにからだをよじり、たすけてくれとでもいうみたいにうでをてんにのばしました。
でもそこにはこくうしかありません。
くうきはかきだけません。
この女はそういう女なんだろう。助けてくれ助けてくれと伸ばした手が、いつも虚空を抱き、その爪が自身を裂く。
(でもどうかもう一度、何度でもその腕を伸ばしてくれ。お前の腕にかき抱かれるために、虚は皮を被った)
しばしの後、とさ、と体が倒れて動かなくなった。
「バゼット…バーゼット?」
名前を呼びながらマスターの傍らへ。
「おーい…こりゃ駄目だな…」
まったく、なんの感動も衝動もなくただ”反応して”蹴り潰したくせにこのざまだ、どうやら脳漿浴びた瞬間から半分飛んでたらしい。
んー、体がミンチになってる化け物に食いつかれて、焦げた頭を蹴り割ると…こうなるもんかなぁ、でも封印指定とかやってたんじゃん?
割とデリケートな所もあるのね…そういうところが堪んないんだけど。
「毎回こんなもんじゃないところ通って起きてきてるくせにねぇ、知らぬが仏ってやつか…」
ぐにゃぐにゃになった体抱えてベッドに運んでやった。たまにはちゃんとしたとこで寝ないとなー、主人想いのいい犬だよな、俺。
赤い血と鉄の臭いのなかで、子供みたいなその寝顔を拭って隣に潜り込んだ。
「今夜はあったかいな…けっけっけ…なんもしねえよ…」
ただその柔らかい手をぎゅっと握った。
「四日目だからなー、安心しろよ、明日はないから」
血で固まった前髪が、カサカサと音を立てた。
「あんたと死ぬのが好きなんだ…」
瞳を閉じる刹那に、今夜も夢を見る。
その血統を凝縮したように暗い、赤い瞳が開いてる。
手のひらが微かに握り返された気がして、唇が何か言いかけて薄く笑う。
(そんなのはありえない、かんちがい、きのせい、きっと)
そんな夢を見る。
ちまみれのふたりのねがおはそこだけがきりとられたようにやすらか。
(どうかもう一度、何度でもその腕を伸ばしてくれ。お前の腕にかき抱かれるために、虚は皮を被った)
月は嫉妬深く、明け方まで二人を見つめていた。
おわり
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