芙蓉
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ほころびかけた芙蓉が、長雨に晒されて俯いていた。
雫を纏って一際儚い。
真白な蕾の透きとおった横顔を、瞬きもせずに見つめる、
君の姿の清かさよ、好ましさよ。
僕は嫉妬する。
「そんなに心配ですか」
真っ白な花に。
「んー……」
濡れ縁から声をかけたが、返ってくるのは鼻にかかった生返事。
雨ざらしのまま、見つめあう相手にご執心のようだ。
おかげで僕は、一人立ちんぼ。
「明日も明後日も雨の予報ですよ、きっと、咲く前に腐ってしまう」
「……やなこと言うなよ」
「失礼、あんまり君が寂しそうな顔をするものだから」
妬けてきたんですよと微笑むと、眉をひそめた。
「怒らないで」
縁に立てかけられていた蛇の目傘を開き、可愛い人を迎えに降りる。
小雨を無視して庭に立つ肩に差しかけると、やっと視線が僕を仰いだ。
「悪りぃ」
「いいえ、君に喜んでもらうために手配した部屋ですから。芙蓉は今が一番綺麗だ」
「満開には早いんじゃないか?」
「花は、ようやく綻んびかけた頃がいいんです……」
頬笑みを浮かべて声の温度を少し上げれば、察しの良い君は勘づく。
抱き寄せられることにね、ああ、可愛い人。
「体が冷えますから、そろそろ上がりませんか」
「ん……」
指先で頬を撫でて促すが、心残りは視線に表れる。
「ふふ、本当に妬ける。気に入った?」
「なぁ、ダメになるのか、咲かないまま」
「そうですね、この雨が続けば」
ああ、そんな顔をしないで。
いいえ、もっと傷ついて。
僕の言葉に体に、君が深く深く傷つけばいい。
いとおしいひと。
「そんなに心配なら、こうすればいい」
濡れた蕾を細い枝から毟り取った。
瑞々しい茎がちぎれ、ぷつりと小気味のいい音がした。
「何を!」
叫んだ赤い唇に、押し込む。
指先は、真白な芙蓉の雫の冷たい。
その先の熱。
熱く柔い粘膜の奥を探って、ぬかるんだ中を撫でて楽しむ。
気持ちがいい。
視線を合わせ、羞恥に居たたまれず潤む瞳をのぞき込みながら、ゆっくり引き抜いた。
「あ」
呆けて、微かに開いたままの赤いくちびるから、芙蓉の真白が覗いているんです。
ぞくぞくするほどくちづけがしたい。
憚る気など毛頭ない。
「たかと……っ」
君もしたいでしょ?
まだ息継ぎを憶えない君。
芙蓉の茎より柔らかい咽喉が、嗚咽しながら蕾を飲み下してゆく。
気づけば傘は足元に転がっていた。
「ほら、こうすれば君の中で永遠だ」
僕の腕の中で荒く息をする、か弱い君の愛おしさ。
「誰もが君の横顔に、綻びかけた芙蓉を見ますよ、金田一くん、霧雨に濡れた、真っ白な」
「馬鹿なこと、言うな」
永遠に開かない蕾は、永遠に美しい。
君と同じに。
「寒い……」
「なら部屋に」
もう待ちきれなくてと囁く。
君は項まで赤くなる。
暗がりに横たわる白い姿態は、輪郭が優しくにじんでいた。
「ああ、本当に」
花のようだと呟くと、初めて笑って、ぺろりと舌を出した。
「馬鹿」
蕩けた赤い舌の上に、濡れた真白い花びらが一枚。
ため息が漏れた。
障子は開け放したままで。
冷たい雨の湿りは、激しさと淫蕩の言い訳になるから。
身も世もなく泣きながら、睦みあい。
「君は花より綺麗ですよ」
芙蓉の甘い香りは、固くつぼんだ庭のそれからでなく、
確かに彼から香っていた。
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